『A』はアジアのA②前打ち

日本スタッフとの前打ちは夜七時と約束していた。私の勤務時間は夜十一時半まで*1だから別にどうってことはない*2。四月でインタビューした内容を整理しながら待つことにした。ただ普段夜七時前で帰れるゆみちゃんに残ってもらったのが、少々すまない感じ。
ほぼ七時ジャストで、連絡と進行を担当する台湾のスタッフが3名、日本スタッフのディレクターと撮影さんと音声さんをつれてきた。普通に挨拶を交わし、さっそく本題に入る。進行担当のスタッフ*3がロケの流れを一通り説明した。漫画家は明日台湾到着で、ロケは夜になる。そして「明日の持込みは必ず断って、直すところを指示してください」「金曜日また直しを持ってきます」「OKでしたら返事は土曜の朝、日本に帰る前で教えてください」など。
「では、何かご質問はありますか?」と言うので、思い切って質問してみた。まず明日何か持って来られるのを確認することから。
そう、企画書には一言も触れていないんだ、その漫画家というのは。持ってくるのが果たして少年漫画なのか、少女漫画なのか、企画書もさっきの説明でも全く言及していない。まさかエロ漫画ではなかろうか。その情報がないまま、「もし採用した場合、どの雑誌に載るですか」と聞いてくるのも、うちは≪月刊挑戦者≫しかないからそれでしか答えようが無いが、実はかなりおかしいと思う。
最初は台湾スタッフの通訳を介してコミュニケーション取っていたが、途中から面倒くさくなって、断ってから直接日本語で意見交換してみた。ディレクターさんはなぜかこのことについてあまり触れてほしくないようだ。しょうがないので、うちは基本的に直接持込み受け付けない、履歴書と作品をまず送ってもらい、ピンと来ないと面接までは来れないということを教える。今回は特別なのだ。別に作品内容を知りたくないから、名前伏せてもいいから、性別と作品傾向を教えてください。これでやっと来る人の最低限の基本資料を判明
続いて、撮りたいものをはっきりしたい。こちらとしては、企画を真剣に取り込んで新戦力を見つけたい気があるので、ビシバシと行きたいし、もう戦友を探す勢いで行くかもしれない。ただそれだと、経験上持ち込んだのがよっぽと完成度のある作品でない限り、たぶんコマ単位直しの指示は出さずに、「プロットから整理し直し」や「ネームから書き直せ」ということになるが、それじゃこんな短い(三泊四日)撮影時間内では、八ページ以上の作品は描き直せないと思うし、なによりもプロットをせっせ直す絵なんてテレビ的にはつまらないと思うだが…そちらが予想している「持ち込み」とはいったい何なのか?プロットからの直し指示を出してもいいのか?
ディレクターさんは特に予想はしてない、好きにやっていいと言う。昔アニメの仕事をやっていたせいか、絵コンテがない上に、シナリオさえも予想しないやり方には恐ろしく感じる。まあまあ、これはつまりヤラセは撮らないということで、良いのではないかと自分をなだめる。ただ、加えつけのようにディレクターさんは社員や戦友を探す勢いでは逆にちょっと困ると言ったのは、かなり引っかかる。「作品だけ見てほしいです」と言われても…企画の主旨はその漫画家というやらをデビューさせるのではないか?そして直しの範囲については「それでもいいです。ただ金曜は必ずしもそのように直してくるのでは限りませんので、あらかじめご了承ください」と言った。
ええーっ!それはどういうこと?「各社の意見を参考して、漫画家自身の判断で作品を直します」いやいやいや、それでこそ各社別の直しを作るべきのではと聞いたら、「時間が無いんですので…」と。ううっ、でもそれでは意味ないじゃないか、各社に回って直し指示をもらい、その後同じ内容の直しをばら撒くなんて。だってA社がぜひ直してほしいところは、B社のもっとも直してほしくないところかもしれないから。もしA社の指示を従うと選んだら、それはもう全面的にA社の指示を従い、B社にもう持ち込まないのが常識的だと思うが*4
…もしかして歌手デビューの段取りとごちゃ混ぜにしたのではないか?と思うが、まあうちには対応できないわけでもないから、深く追求しないようにした。
最後はやはりあれだね、企画主旨がよくわからないんだ*5。またさっきから「デビューさせる」についても態度があやふやだし。「企画書では日本の出版社でデビューできないから、台湾で試したいというのは、台湾の漫画出版業界を見下していると感じてしまうんです。番組紹介やHPを見ると、アジア文化を積極的に紹介しよう、アジア人と友達になろうという雰囲気で、そのような意図はないと思いますが。しかし話の流れから、本当に台湾でデビューさせたいのかのもよくわからなくなってきました。この企画は一体何をしたいんでしょうか?主旨を教えてください」とにかくストレートに聞いてみた。
いきなりそう言われてもと言わんばかりに、ディレクターさんが悩んでいるようで、ついでに台湾漫画市場の現状も話してみた。企画書で書いてあった「最近日本の漫画は台湾で受けている」のではなく、20年も前から、台湾の市場で流通している漫画はすでに95%以上、日本漫画から翻訳するものだということを。しかも日本でのヒット作しか入って来ない*6。台湾で「漫画」と言ったら、すなわち日本漫画を指すことだ*7。その影響で台湾読者は日本読者と比べて、より目が肥えていて、そしてより偏食を極めている。だから台湾での漫画の流行は日本とはほぼ変わりがないから、日本でデビューもできないなら基本的には台湾でも無理、ということになるが。
と、しばらく間を置いて、ディレクターさんは「無理にOKしなくてもいいです」と言った。「デビューできるかどうかは一番大切なことではない(!?)、大事なのは持ち込みを断る時です。強く出てもいいんですが、ただし『ダメだ』一言だけとは言わずに、ちゃんと理由をつけてほしいです。例えばさっきの話のように、台湾漫画市場の現状とかをきちんと教えくればいいです」
なるほど。
「主旨というと、日本人の目線を日本内部への集中から、アジアへ向けさせ、例えば台湾にもチャンスがあるということを紹介し、視聴者の皆さんに教えてあげたいです」
「つまり断りながら、日本ではできないが、台湾ではできることを提示するということですね」
「そうです。断っても、希望を持たせてください
それはそれはずいぶん難しいご注文を…(汗)日本ではできないが、台湾ではできることか…ないことはないが、しかしそううまく持ち込み時の会話をこんな話題に持っていけるのか?自信ないな。
ここで一段落し、撮影場所を下見みしようとする前に、ディレクターさんは「あの…撮影時は、中国語でしゃべってくださいね」と、すごく気遣っているように言った。
もちろん「わかりました」と答えた…まあ確かにテレビ的に考えると、あまり日本語をペラペラしゃべっていたら、東京某所で撮ったのではないかと視聴者に思われるね。
ちなみに、その後撮影場所と定めた場所は、ついこの間の席替えで入ったばかりの小部屋であった。↓ロケ地プレビュー

さて。まとめてみると、この企画はたぶん単純に日本漫画が台湾で受けているという(視聴者に紹介したがっている?)事実から、「(日本漫画が受けるので)日本人でも台湾で漫画家デビューできるかも!」という考えに繋いで、「海外での仕事=未知への挑戦体験」をスパイスとして混ぜて*8組んでしまったモノであろう。大事なのは「日本漫画が台湾で受けている」であって、「日本人が台湾で漫画家デビュー」は二の次のようだ。少なくとも、協力要請を受けた自分はそう感じてしまう。よってデビューにあたって最も大きな前提、日本人が台湾で漫画家デビューする必要性を見落としてしまった。またこの企画は、「A」という番組自体のコンセプト――アジアの生活様式を紹介すること――から斜めに構え過ぎで、結局離れた方向へ進んでいることを、気付いていないようだ。
ちょっとヤバイな。
でもスタッフさんもう来てしまったし、いま何を言っても後の祭りだ。せめて協力することで、今回の企画を借り少しでも台湾の現状を伝えようと、がんばってみるしかない。しかし明日は一体どのような作品が持って来られるのだろうか。心配だ。
(なんと、下手な○○でelielinこっそり大激怒!?③ロケ編とつづく)

*1:本当は夜六時までだが、しかし私と黒炭くんはいつも上記の時間まで働く…最近私の体がどうも少しガタが来てしまい、正午出勤になっているが。

*2:ただその後中学同窓会が入っている、スケジュールをぎりぎり組みすぎたと痛感。

*3:全然知らない人だが、なんと自分の大学の後輩だった。ゆみちゃんの同級生。

*4:それとも私だけの常識なのか?

*5:しつこく主旨を求めるのも、もはや職業病みたいんだけど。「主旨が無い」でもいいから、曖昧だと困る。主旨が曖昧だと「どう対処すればいいのかわからない」というより、本当は「やっても無駄だからやりたくない」ということだが。

*6:一説では日本の発行した漫画の中で、販売部数のある前20%しか台湾に入ってこないという(未確認)

*7:逆に台湾人が描いた漫画の方が「本土漫画(地元漫画)」と分類つけて呼ばれてる…日本人は≪月刊少年ジャンプ≫を手に「これは日本漫画中心の雑誌」と言わないが、台湾人はうちの雑誌を手に「これは台湾漫画中心の雑誌」を言う。この差だ。

*8:「最後は成功で収めること」をポイントにしていないから、参加者の体験なんて「スパイス」だと思う。滞在時間の短さから見ても、ちょこっと異国の世界に触れ、さらっと傷付けない程度に去っていくつもりだろう。しかし『電波少年』『あいのり』『世界ウルルン滞在記』など番組群を見る限り、体験番組は強固な目標がなく、ただひたすらに「体験」すると、やはり受けないんだろう。体験者が何かしらのショックを受け、目標達成のため(長い時間または大きな犠牲を払い)苦悩し努力する姿こそ、体験番組の醍醐味だと思うが。