貴方が落したのはこのドラえもんですか
うつつの夢に有った出来事
それはいつのことだったのか。きこりの泉から出てくる女神様は、青いロボ猫を手に、やさしい声で私に聞いてきた。
「貴方が落したのはこの
「いや、
私は頭を横に振り、目を閉じてあの変なドラ面を思い出してみた。
*1
「そうだ…こんなのもあったな…」
機械仕掛けの女神様は、微笑を浮かべなからこう言った。
「正直のごほうびに、
そして、女神様は私の思い出の中にいた、あの
夢の裏側に有ったはずの無いモノ
月刊挑戦者史上、将来は「魔の九月号」と呼ばれるのであろうという今月号*2特集は、「哆啦A夢的時代(ドラえもんの時代)」だった。中身は、日本の方々からしてみれば、ドラえもんを語るには常識であるモノや、少しネットで検索かけたらすぐ出てくる、ドラえもんに関する簡略な歴史だったけれど、台湾でドラえもんをこのように系統を立てて紹介するのが、たぶん初の試みではないのであろうか。
二十年も渡った海賊版の出版、日本語の紹介を鵜呑みしたエセ知識、そして近年ネットで広がる各種の最終回デマの影響で、ずっと混乱しているままからね。ドラえもんはどうやって生まれてきたのか。どのような経緯で今日のように、日本人にのみならず、世界中の人々に愛されるキャラクターになったのか。最終回は一体何バージョンあるのか。また台湾では、今の呼び名「哆啦A夢」ではなく、「小叮噹」という、海賊版発の名前で呼ばれたあの二十年間を、彼はどう過ごしてきたのか。それらをできるだけ分かりやすくまとめる企画だった。ドラえもん好き*3の一人として、これ以上の混乱はもう許せなかった。正してやる!というような使命感に駆られていた。
最初は、日本での「ドラえもん」と、台湾での「哆啦A夢」年表を並列したかったが、海賊版の古い資料は思うように集まらず、しかも掘り下げれば掘り下げるほど、海賊版の奥が深い…一軒二軒でやってるモンではない、同じ時期で(約1980年前後)、何バージョンの海賊版が、台湾で争うように並行して出されたことがあったから。少ない資料でとてもまとめられない。
なので、結局台湾側の年表作りを断念、日本でのドラえもん年表だけに。台湾の状況は文章で大まかに括る。特集の主旨はあくまでも「ドラえもんに対して正しい認識を」*4だから、ボロボロなモノで出したら、ただ余計な混乱を招くだけだ。もう少し資料を集めてからにしようと思うが、それはいつになるのやら。時間が経つとともに資料も紛失されていくし、難しい。
でも古い資料や状況を調べれば調べるほど、心が痛む…というより、非常に複雑な気持ちになる。日本語に通じて、藤子不二雄作品に通じて、F先生の作品に通じて、「本家」のドラえもんの誕生と成長を知り、いわゆる「ドラえもんに対する正しい認識」がすでに自分の中に組み立て済みの私は、その現在の台湾ではもうほとんど存在さえも抹殺*5された「正しくない方」――乱発する海賊版、著作権無視の改作盗作など――を思うと、どうしてこんなにも切ない気持ちになるのだろう。そう、ずっと切り捨てたい体の一部が、本当に消えてしまった時には、安堵だけでは埋められない穴がぽっかり開いた気分。どこかに、開いている。
もう「小叮噹」と呼ばれない「哆啦A夢」。
十四歳年下の従姉妹は「技安」*6を知らない。
後輩の親は「漫画を描くなら哆啦A夢みたいのがいい」と言う。
「哆啦A夢」を打とうとするのについ「小叮噹」とミスタイプする私。
ミスタイプをする度に湧いてくる喪失感は、存在すべきではないモノに対しての惜しみなのか?そんな怪しげなドラえもんモドキに、一体何を惜しむのか?
海賊版肯定の意味は決してないが、私は思うに、「小叮噹」という名前で代表するドラえもんとそのモドキが抹消されたことで、1960年以降台湾に生まれた子供たちの思い出の中に、共有していたはずの一つの時代のシンボルが、粗雑な音を立てて二つに割ってしまった。だがそれを繕う策は、もしかして誰も考えていない。
私は、どうすればいいだろう。教えてください、女神様。
*1:1996年出版した全十冊の「小叮噹校園大驚奇」というシリーズの第三巻「小叮噹抓殭屍(ドラえもん、キョンシーを制す)」作・謝清煌/編纂・張青史/出版・陽銘出版社。台湾の小学校の図書館で時々発見できる。またほかには「小叮噹與天師鍾馗(ドラえもんと鍾馗様・第五巻)」、「小叮噹與一休大師(ドラえもんと一休さん・第十巻)」など、摩訶不思議なモノがある。でも1996年ってもうすでに版権時代(1992年〜)なのに!?
*2:本当にいろいろあった。サイトの移転から、ソフトの切り替え、そしていろいろと…関係者の皆様、本当に申し訳ありません。協力してくださって誠にありがとうございました。
*3:マニアではない、「好き」なだけ。グッズはそんなに集めてないし、全巻もそろっていない。でも好き。
*4:台湾は今でも「ドラえもんは日本人が精密な計算によって作られた、他国の文化に対する侵略兵器だ」と堅く信じる文化人と学者がいる。そう信じている一般人も少なくない。ちなみにキティちゃんも同じ目的に作られた兵器だと。
*5:日本側ではなく、台湾側の手によってね。