乙一、来台
前のエントリで言及した「誕生日での仕事」というのは、作家・乙一さんの通訳なのだ。台湾の日本ミステリ翻訳出版専門出版社・獨歩文化が、創立2周年記念パーティー*1のゲストとして、乙一さんを台湾に招いてきた。パーティーも、そのまま中国語版『ZOO』の新刊発表会を兼ねていた…いや、むしろ発表会の方がメインかな。
2006年2月、乙一さんは台湾・尖端出版の招きで、太田克史さんと一緒に台湾に来て、台北国際ブックフェアでの中国語版『ファウスト』の発表会に参加したことがあった。発表会の場ではないが、その時に別のところでお会いして、お食事を共にした。獨歩文化の社長の陳蕙慧さんはそのことを知っていて、「会ったことのある人が通訳に務めた方が、乙一さんも安心できるのでしょう」との理由で、選ばれたわけ。
そして行ってきたわけ。
今年に入って物忘れが激しく、それを補うため、思いついたらすぐ写真を撮る習慣を養ってきた。その日もちゃんとデジカメを確認して出かけたが、会場に着いてからその中にはバッテリーが入ってなかったことに気付く……あの瞬間は本当に豆腐の角でもいいからぶっつけて死にたい気分だった。
「そうだケイタイだ!先月もらったばかりのソニー・エリクソンのw890を持ってるんじゃないかあはは!」
と思いつき、ケイタイで撮影したら――所詮ケイタイ。手ブレにフォローする限界があって、両手で持ってないと普通にボケる。なのでフォト日記風でお送りしたいと思うが、肝心の写真が少ない上に、画面もボケまくりということを、まずご了承ください。
リハーサル時で撮った写真。オープンニング寸劇(約2分間)の最後に乙一さんが舞台に上がって、「ようこそミステリーZOOへ」を一言、との場面。真っ暗でよく見えないけど、画面左に立って葉っぱに頭が隠れてる青年が乙一さん。シャイな立ち位置を無意識で選ぶナイスガイです。獨歩文化が用意した舞台はとてもすばらしく、まるでテーマパークのような感じだったが、いかんせんケイタイのカメラ機能は使えこなしてないため、写真がみんなボケボケなので張り出せない。綺麗な舞台写真獨歩文化のサイトへどうぞ(中国語)。
司会の兄ちゃんとサポートの姉ちゃん。『ZOO』にちなんでスタッフはみんな何かしらの動物の格好をしてる。この姉ちゃんはどうもトナカイのようだ。事前に来場者にも動物コスプレを勧めてたから、読者も被り物とかしてきた方がいた。ちなみに、司会者の後ろにしゃがんでた制服姿の女の子2人もスタッフで、寸劇のために小学生の制服を身にまとってるが、獨歩文化の編集者なのだ。本当に大変。本当におつかれ。
可愛い風船アートのシマウマだな…と思いきや、その上の名札は…ええっ!通訳なのに名前出すの?しかも並んでる?いや、あいや、や、やめろ!やっと「兼・司会」をやらなくていいと思ったから、ミュージックステーションでよく出る通訳の人と同じようにゲストの斜め後ろに座ってゴニョゴニョするのを憧れていたのに!これじゃ逆に会場のど真ん中に座る破目になるんじゃないんですかぁ!やり直し要求だ――と抵抗も空しく、普通にその位置に座らせたことに。とほほ(T▽T)
座談会をやってる途中は普通に通訳してるから、写真とかはもちろん全く撮れなかったが、当日の夜にはもうYouTubeで映像を発見。すごい時代になった。*2
うp主のリクエストで埋め込みが無効なってるので、
画面をダブルクリックしYouTubeで見てください。
最初の乙一さんの挨拶。『ZOO』について語っていただくリクエストに応えて乙一さんは答える。ゆっくりベースだがよい回答。それと対照的に緊張でいきなり舌を噛み、変に言葉を繰り返してる自分を見てると悲しくなるorz
乙一さん以外に、座談会はほかに台湾の作家と評論家が3人いて、皆それぞれ『ZOO』や乙一作品に対する思いを語り、そして乙一さんに質問をする。事前にその質問のリストを見せてくれたが、結局その場になってほとんどアドリブできた(汗)まあ正式な訓練はされてないが一応場数は踏んだつもりで、なんとかまとめて聞いて、乙一さんもいい感じで応えてくれた。以下、覚えてる所を箇条書きでまとめ。よく覚えてないからたぶん順不同。
- 一番好きな映画と聞かれて、『バットマン・リターンズ』と答えた乙一さん。登場人物があまりにも哀れで哀れで仕方がなかったからと。踏み込んで聞いてみたら「高校時代に工場実習しに行った自分と重ね合って哀れで仕方がなかった」と。*3
- 工場実習の時に友達がなく、休み時間で話し相手がなくて、近所の川沿いで体育座りで流れる川を眺めてた。それで『バットマン・リ-ターンズ』のキャラクターの心境がわかるような気がして。
- 『ZOO』の中に好きで代表的だと思う作品は「SEVEN ROOMS」。
- 計画を立てて小説を書くタイプ。あらすじを決めて、原稿用紙の何枚目で何のイベントが発生し、何枚目で何の事件が起きるのも全部決めて書く。しかし友達で尊敬する作家さん達の多くは一行書いて次の一行を決めるタイプで、羨ましい。
- その友達の作家というと?と聞いたら。「西尾維新、佐藤友哉、滝本竜彦…」
「えっ…それは全員『ファウスト』の文芸合宿*4のメンバーでは…」
「あの時は寂しかったですよ(苦笑)」*5 - いつもは計画を立てて書くけど、計画通りにいかなかったケースもある。『銃とチョコレート』はいじめっ子の探偵がいて、途中で退場させようと思ったが、なぜか最後まで残った。しかも主人公の見せ場まで取ってしまった。
- ジャンルのことはあまり意識していない。デビュー作『夏と花火と私の死体』は編集者に「これはホラーだね」と言われた時はじめて、「ああ、ぼくはホラー作家だったか」と気付くぐらい。
- 「人間の残酷性を描く作品が多い作家だと思われ、ご本人は『悪』についてどう思ってるのか」と聞かれて、「(自分の)小説に出た犯人は、人間ではなく、動物や怪物として描くような感じなので、本当の『悪』を書けてないと思います」と。
- 強いて言うと「悪」はそこにあって、自分はその周りでぐるぐると回ってる感じ。いつかその正体をつかんで描きたいと。
- 押井守さんに「娘をください」と言ってなくて結婚してしまったので、「『娘をください』と言ってなくて結婚して大丈夫かな」と危惧したところ、守さんが「オレもそうだったからいいよ」と言ってくれたのでほっとした。
自己流のなんちゃって通訳で、イベントの通訳も2004年*6が最後だし、うまくこなせるかどうか心細かった。幸い(出だしの噛み以外)ミスがなく、座談会は無事に終わった。
座談会の後のクイズコーナー。写真がフルボケでごめんなさい。会場の熱気はまるでプチジャニーズコンサート。乙一さんに注ぐ愛が溢れる空間の中、本人に一番近い位置にいる通訳としてはすごくプレッシャーが感じる。一言でも間違えると視線に焼き殺されるかも。
読者のチョッパーとスタッフのミニー。シュールな1枚(のはずだが、ボケまくってごめんなさい)。今日のために日本語を覚えてきた人や、手紙、おみやげなどを手渡す人もかなりいて、本当に愛されてます。
読者さんのお願いで「加油!」「ガンバレ!」と書いてサインをする。「これで毎回本を開くと乙一先生に励まされてる気分になれる」という。
座談会とパーティーが無事終了し、次のインタビューが始まる前に少し休みを取る乙一さん。集英社の担当編集者のHさんと仲良くアイスクリームをおすそ分け。
インタビューの後はしばらく時間を置いて打ち上げ会。乙一さん達は一旦ホテルに戻って休憩を取り、自分はその隙に自宅に戻ってバッテリーを取ってきた。急いでレストランまで行き、個室に入ってみたら島崎博さんがいてびっくり。目が合わした最初の一言は「今日はいい通訳してくれてるよ」と言われ、恐れ多くて固まった。*7
左からは乙一さん、島崎さん、獨歩文化の陳さん。乙一さんと島崎さんは45才も離れていて、しかも乙一さんが生まれて間もなく島崎さんは台湾に帰国したけど、それでも2人の間にはちゃんと栗本薫さんという繋がりがあった――島崎さんが推していなければ、栗本さんが今のような大作家になれなかったかもと、そして栗本さんが推していなければ、乙一さんがデビューできないかもと考えたら、その意味で乙一さんは島崎さんにとっては可愛い「お孫さん」になるね。しばらくは栗本さんの話に花が咲く。栗本さんが最近、体の具合がよくないと、島崎さんが心配してた。
乙一さんは島崎さんのインタビューが載っている最新号の『ファウスト』を持ってきたので、2人もその話題で話を。島崎さんは大変機嫌がよかった。近頃は夏場の暑さが厳しく、島崎さんの体調があまりよくなかったと聞いたが、作家としての才能があってしかも若い乙一さんと会えて嬉しかったのか、非常に元気で健康そうに見えた。*8
島崎さんの勧めて臭豆腐*9の試食を決意した乙一さん。匂いをかいてる。匂いはキツイが食べてみて美味しかったと言う。一方、店の人が島崎さんに臭豆腐を出そうとしたら、さっきまであれほど乙一さんに勧めたのにもかかわらず、いきなり「そんな臭いものは食えるか!ぼくは食べない」と言い出してパスした。実に恐れ多い(汗)
島崎さんと遥々日本からやって来たお2人との記念乾杯写真。その後はレストランにゆっくりと10時まで。翌日はまだイベントがあるので、2次会はなしで解散。こうして一日が終わった。10日のイベントの通訳は別の方なんで、自分の仕事はこれで終わり。と思ったら今日の夜は(イベントと関係なく)また助っ人として呼び出された。楽しんでるので全然苦にならないが、こんなにタダ飯を食って罰当たらないのかな…(汗)
最後のおまけ。マンゴープリンと『ファウスト』7号。
その厚さは絶対おかしいよっ!(笑)
*1:8月9日は自分の誕生日だが、獨歩文化の創立記念日でもある。社長の陳さんからはとても可愛がってもらってるので、呼ばれると日頃の恩情を報うために何だってする、と心の中に決めたが…しかしこれでは毎年誕生日に呼び出されるのかなぁ(苦笑)
*2:気のせいが最近の自分はこの言葉を多用しすぎた感じがする…
*3:正直その答えを聞いた瞬間、自分はなんてことに踏み込んでしまったと背中に冷汗が滲んだ。あまり群衆に向かって語らせる話題ではなかったが、冷静に語った乙一さんはえらいと思った。
*4:『ファウスト』4号に収録。西尾維新、佐藤友哉、北山猛邦、滝本竜彦、乙一5人の作家が沖縄に連れていかれ、限られた時間の中でそれぞれ短編を1篇とリレー小説を完成する企画。
*5:念のため補足するが、座談会後の別のインタビューでまた文芸合宿の話になり、「自分が特等席で尊敬する作家さんの創作の過程が見れる企画で、よかったです」と答えてある。
*7:島崎さんは台湾で翻訳者としても権威のある方なので…
*8:酒が入ってから、目がかなり赤くなったのがちょっと心配だが。
*9:発酵した漬け汁に一晩漬けた豆腐で、独特な風味と強烈な臭気を発する。料理法は地方によって違い、この日は上海風でちょっとぴり辛。